2006.04.05 Wednesday
貧乏旅行とひと口に言っても、どれくらいのお金で旅をしているのか。ひとり旅をしたことがない人には、想像がつかないかもしれません。この間、
「カリスマ映画論」の睦月さんが、初めての海外旅行はイタリアのパック・ツアー40〜50万だったとコメントを書いてくれました。一番良い時期に少し長めに行って、良いホテルに泊まってきたのでは?と、それを読んだ貧乏旅行派の僕は想像するわけです(笑)。
2006.04.03 Monday
たった11日間の旅にかかわらず、連日のアラブ風にさすがの僕も疲労困ぱい。オランダ・アムステルダムでのトランジット8時間は、心身ともに辛いものだった。あわよくば水の都半日観光をもくろんだところが、案内所の先生に流暢な英語でまくし立てられて、さっぱり要領を得ずに、あえなくご破算。結局空港で過ごすハメになった。
2006.04.02 Sunday
僕がアラビア旅行をしたときは、ちょうどイラク戦争の前年でした。「セプテンバー・イレブン」の翌年の、2002年9月。当時はアメリカがいつイラクに攻め込むか、という話題が出始めた頃で、早ければ9〜10月、遅くても翌年2〜3月との観測でした。万が一戦争が起きた場合、どんなルートでアラビア地域を離れるか、なんてことまで調べて出かけた記憶があります。
2006.03.27 Monday
アラブ地域というと、日本人にはなじみの極めて薄い、遠い異郷という感じを免れない。したがって、1年前のアメリカでのテロのような事件があると、すぐにアラブ人は好戦的で危険な人種だという結論になってしまう。事実、僕のまわりでアラブ諸国に行ったという話は聞かないし、アラブ人と話したという例も見当たらない。そんな状況だから、僕も旅先での治安問題については、多少の不安をもっていたことを、ここに白状する。
2006.03.26 Sunday
世界遺産として、日本にも広くその名を知られるぺトラ遺跡は、ヨルダン観光のハイライトだ。連日世界中から観光客が訪れ、ヨルダンの外貨獲得に多大な貢献をしている。映画『インディー・ジョーンズ−最後の聖戦−』の舞台に使われてからは、世界中の注目を集めるところとなった。
2006.03.24 Friday
このところ『アラビア紀行』を連載中ですが、この前故郷に帰って改めて思ったことがあったので、今日はそれについて書いてみます。旅で感じたことにもつながってくることだし、何よりも都市に住んでいると知らない感覚だなぁと思ったものだから。都市至上主義に反論する意味でも、書いてみようと。
2006.03.23 Thursday
シリア、ヨルダンという国にはなじみがなくとも、「アラビアのロレンス」を知る人は意外に多いんじゃないでしょうか。前回のアラビア紀行「砂漠の道」に書いた英国軍人。第1次大戦時、アラビアを舞台に活躍した伝説の人物です。
2006.03.20 Monday
昨晩からの腹痛と悪寒が治らぬまま、僕はダマスカスのバラムケ・バスターミナルからヨルダンの首都アンマン行きの直通バスに乗り込んだ。乗務員の制止を振り切って、最後尾の席に横になってしばらくすると、やがて、シリア・ヨルダンの国境地帯に到着する。もうろうたる意識のうちに出国手続き、さらにヨルダン側にて入国手続きを済ませ、僕はいよいよヨルダンに入国した。
2006.03.16 Thursday
普段からコーヒー好きの僕は、今度のアラビアの旅でコーヒーを飲むのを楽しみにしていた。苦味が強く、飲めないものには一生飲めないというアラビア・コーヒーを、ぜひ本場で味わってみたと思ったのだ。コーヒーの原産はアフリア北東部かアラビア半島南西部といわれるから、元来のコーヒーの味に出逢えるかもしれない。
2006.03.15 Wednesday
その昔、神が造った
アダムとイヴが天国を追われて降り立った場所。さらにアダムの息子
カインが、弟の
アベルを殺した人類最初の殺人の現場となった由緒ある場所。それが、今はダマスカスの夜景を一望できるビュースポットとなった
カシオン山です。