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6.アレッポ城の夕暮れ

 アラビアの町が、最もミステリックで最もロマンチックな表情を見せるのは、夕暮れ時をおいて外にない。昼間には強い陽射しを受けた砂色のデコボコに過ぎない光景が、オレンジ色の日を受けて妖艶に輝き出す様子は、日本では到底見られない絵だ。アレッポ城の屋上からこの光景を眺めながら、僕はつくづく旅人たる幸福を感じたわけだが、これも大陸の果てまでやって来たものだけが味わえる幸福である。
 アレッポは歴史の町だから、それだけ見どころも多い。僕の安宿がある地区から少し北に行ったところにはアルメニア人街があって、アレッポの名所の1つになっている。
 アルメニア人はキリスト教を信仰する。したがって、この辺りは他の地区とは街の趣がだいぶ違っている。アラブの都市の真ん中にキリスト教徒地区があろうとは、ちょっと思いもよらぬことだが、ダマスカスにも同様の街があるから、アラブ人には案外違和感はないのかもしれない。石畳の狭い小路を歩いていて、不意に青い目をしたアルメニア人に出くわしたりすると、何だかヨーロッパの街に迷い込んだような気になる。こんなところも、イスラムの寛容さを示す一例だ。

 アレッポ名物として必ず挙げられるのがのスーク(市場)である。ペルシアのイスファハンやテヘラン、トルコのイスタンブール、同じシリアのダマスカスと並んで、世界でも指折りの規模を誇る市場だ。強い陽射しを防ぐための天蓋で覆われた700mほどの狭い石畳の往来に、途切れることなく商店が並び、裸電球の灯りがこれを煌々と照らし出す。幾百年の歳月のうちに丸みを帯びた石が埋め込まれた路面が、いかにもクラシカルである。
 かつて隊商宿であった一角は、今も商人たちの取引の場として使われて活況を呈している。金にモノを言わせて造った下らない観光名所などには真似のできない歴史の重みと連綿たる人の暮らしが見事に表われた空間だ。

 閉門時間を1時間も過ぎた7時過ぎ、僕はアレッポ城を抜け出して、夕闇迫り来る往来から、再びスークの雑踏の中へと足を踏み入れた。かすかなるアザーンの響きが、アラビアの闇の空に揺らめいている。
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